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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)54号 判決

控訴人 石原正一

被控訴人 姫路労働基準監督署長

代理人 下野恭裕 青柳允隆 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人に対し、昭和五七年九月八日付でした労働者災害補償保険法による療養補償給付の不支給処分を取消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示及び原当審証拠目録の記載と同じであるから、これらをここに引用する。

(控訴人)

控訴人の業務は、精神的神経性の負担の重い労働であり、休日の場合も配車作業の責任者として常に会社から連絡がとれる体制にし、帰宅後も配車に誤りがないかを日常的にチエツクせざるを得ない状況にあつたのであり、このような精神的神経性の負担の重い業務は高血圧症状にとつて特に悪影響を及ぼすものであつて、また、休養、気分転換のための時間的余裕のなさが労働の回復を困難にさせ、悪影響(ストレス)を蓄積、増幅していつたものである。昭和五五年七月末ころから本件発病までの約一週間は月末及び盆前の時期に当たり、仕事量が相当に増大していたのであつて、このような中で発病当日も含めて一日一二時間を超える長時間労働を行い、更に発病当日は突然に余儀なくされた当直勤務に何らの休養もなく入つたのであり、これらの業務はあまりにも過酷であつて、これによつて本件発病が引き起こされたというべきである。すなわち、控訴人の担当させられていた過重な業務内容が、控訴人の高血圧症状を悪化させ、更には脳内出血(本件発病)をもたらしたというべきである。

ところで、労働省は、昭和六二年一〇月二〇日付け基発第六二〇号労働省労働基準局長通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(以下「新認定基準」という。)を出し、脳血管疾患などについての認定基準の見直しをした。新認定基準は、発症一週間前からの業務の内容を重視し、その業務内容が日常業務(時間外労働を除いた所定労働時間の業務)に比して過重なものであることを業務上認定のメルクマールとしている。本来の正当を立場からすれば未だ不十分なものであるが、右認定基準からしても、控訴人の発症一週間前からの業務内容などを考察した場合、控訴人の従事していた業務は明らかに「日常業務に比して過重な業務」に該当するといわねばならない。

(被控訴人)

控訴人の右主張事実のうち、新認定基準が存在することは認めるが、その余の主張事実は争う。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきであると判断するものであつて、その理由は次のとおり訂正、付加するほかは原判決の理由説示と同じであるから、これをここに引用する。

1  原判決一〇枚目表五行目冒頭の「以上」から七行目の「勘案すると」までを「以上の諸点と、本判決の後記2で認定判断する点とを総合勘案すれば」に訂正する。

2  控訴人の当番における主張について検討する。

(一)  控訴人は、控訴人の業務は精神的神経性の負担の重い労働であつて悪影響(ストレス)を蓄積、増幅していつたものであり、かかる過酷な業務が本件発病をもたらしたとし、新認定基準に照らしても控訴人の業務内容は明らかに「日常業務に比して過重な業務」に該当するといわねばならないなどと主張するところ、<証拠略>には右主張に沿う部分があるが、しかし、後記(二)で認定判断するとおりであって、右の証拠部分は後掲証拠に照らして採用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  <証拠略>によれば、次の事実が認められ、この認定に反する<証拠略>は採用することができない。

(1) 昭和六二年一〇月二六日付けで労働省労働基準局長から新認定基準が出されたが(新認定基準が存在することは当事者間に争いがない。)、右認定基準は、業務に起因することの明らかな脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定要件につき次のとおり示している。

次の〈1〉及び〈2〉のいずれの要件をも満たす脳血管疾患及び虚血性心疾患等は、労働基準法施行規則別表第一の二第九号に該当する疾病として取り扱うこと。

〈1〉 次に掲げるイ又はロの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること。

イ 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと。

ロ 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと。

〈2〉 過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること。

そして、右の「過重負荷」とは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の基磯となる病態(血管病変等)を、その自然経過(加齢、一般生活等において、生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過をいう。)を超えて急激に著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷をいい、「異常な出来事」とは、極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態及び緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態並びに急激で著しい作業環境の変化をいい、「日常業務に比較して、特に過重な業務」とは、通常の所定の業務内容等に比較して、特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうとされており、発症と業務との関連については、医学経験則上、以下の点が指摘されている。

〈1〉 発症に最も密接な関連を有する精神的、身体的負荷は、発症前約二四時間以内のものであると考えられる。したがつて、この間の業務が特に過重な業務か否かが最も重要である。

〈2〉 次に重要な負荷は、発症前一週間以内の精神的、身体的負荷である。この期間、日常業務に比較して特に過重な業務には至らないまでも、過重な業務が継続すると血管病変等の著しい増悪が引き起こされることとなる。

〈3〉 発症前一週間より前の負荷は、その発症についてみれば、直接関与したものとは判断し難い。つまり、発症から遡れば遡るほど、その間の負荷と発症との関連は希薄となる。

〈4〉 過重性の評価に当たつては、業務量(時間、密度など)、業務内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重など)、作業環境等を詳細に把握し、判断する必要がある。

(2) <証拠略>(脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議作成の「過重負荷による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の取扱いに関する報告書」)によれば、心理的負荷と脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症との関連について、その関連性と推測されるものの、継続的な心理的負荷に対する生体反応には著しい個体差が存在すること、継続的な心理的負荷は一般生活にも同様に存在することなどに加え、心理的負荷と発症との関連の詳細については医学的に未解明な部分があり、現時点では過重負荷として評価することは困難であるとした上で、個々の事例についてはそれぞれ専門的検討を加え慎重に判断する必要があるとしている。更に、<証拠略>(雑誌「労働基準」)において関東労災病院副院長兼脳神経外科部長馬杉則彦は、仕事によるストレスに関して、このような状況にある人が高血圧症になつたとき、仕事が高血圧症を引き起こしたのか、先天的や要因でたとえストレスがなくとも高血圧症状になつたのか見極めることは難しく、仮に高血圧症が仕事によるものと認めたとしてもそれが脳動脈瘤等の成因にどの程度関与したかを判断することは難しいなどとし、結局医学の進歩発展がなされ、これらのメカニズムに関しもつと多くのことが分かるまでは、個々の例に関して詳しく検討する以外に道はないと述べている。

右のとおり、ストレスないし心理的負荷と脳出血との間における因果関係は医学的には現在においても十分には解明されていない。

(3) 控訴人が当時従事していた配車業務についてみるのに、控訴人は本件発病までの間に約五年間も配車業務を経験し、これに習熟していたものと考えられるものであり、本件発病前に特段新しい不慣れな仕事あるいは困難な仕事をさせられ緊張等をしていたということは全くない。次に、休日についてみるのに、昭和五五年六月一日から同年八月六日までの間に日曜日が一〇回あり、このうち運行業務が実施されているのは五回のみであつて、また、休日における運行業務は平日と比較してその量が少ないから、休日における控訴人の負担はさほど大きいものとはいえない。

(4) 本件発病当日の控訴人の勤務状況をみるのに、控訴人が従前担当していた業務と異なる業務についていたものではなく、従前と同様の業務についていたものであり、また、当直業務も初めて従事するものではなく過去にも当直業務についていた経験があるところ(本件発病当日の昼頃までには当直業務につくことが決まつており、突然に初めての業務あるいは困難な業務を命ぜられたために緊張等をしていたということは全くない。)、本件発病前に異常な出来事は何ら発生していない。次に、発病前一週間前の業務内容について検討するのに、控訴人は平均して午前六時二七分ころ出勤して通常業務に従事し、午後六時一〇分ころには退社しており、また、就業日には一日約三時間の残業をしているが、その間の八月三日は公休日であり控訴人は休業している(右公休日には運行している車両もないので、会社との連絡の必要もなく休養は十分にとれているものと考えられる。)。右一週間の間に特段控訴人が過重な業務に従事したということはなく、異常な出来事も発生していない。

前記の諸点及び引用にかかる原判決認定の諸事実から認められるところの控訴人の担当していた業務の内容・程度・量、控訴人の業務に対する経験・習熟度、作業環境、休日における状況、疾病の素因等を総合勘案すれば、控訴人の従事していた業務が決して楽なものであるとはいえず相当の重労働であることは認められるものの、しかし、未だ日常業務と比較して特に過重な業務に従事していたとまではいえず、新認定基準に照らしても控訴人の本件発病が業務に起因するものと認めることはできない。

二  よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 中田昭孝 若林諒)

【参考】第一審(神戸地裁昭和六一年(行ウ)第三号 昭和六二年一一月一二日判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が原告に対し、昭和五七年九月八日付でした労働者災害補償保険法による療養補償給付の不支給処分を取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は、兵庫県姫路市内に本社営業所を置いて運送業を営む岡上運輸株式会社(以下「岡上運輸」という。)に作業長として勤務していたところ、昭和五五年八月六日午後六時四〇分ころ、同会社事務所において夜間当直業務に従事中、高血圧性脳出血により左片麻痺、顔面神経麻痺を発症して倒れ(以下「本件発病」という。)、同市内の長久脳神経外科に入院して治療を受けたが、その後も左不全麻痺、左半身知覚障害の症状が存続し、現在に至るまで通院治療を受けている。

2 原告は、本件発病が業務に起因するものとして、労働者災害補償保険法に基づき療養補償給付の請求をしたところ、被告は、右発病は業務外の事由に基づくものとして同五七年九月八日右療養補償給付の不支給処分(以下「本件処分」という。)をした。

3 原告は、右処分を不服として、兵庫県労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同五九年一月三一日棄却され、更に労働保険審査会に再審査請求をしたが、同六〇年一〇月九日右請求を棄却する旨の裁決を受け、同月三〇日裁決書謄本の送達を受けた。

4 しかしながら、原告の右発病は、次の理由により、業務上の事由に基づくものであるから、本件処分は違法である。

(一) 原告は、昭和四七年以来作業長の職にあり、主として配車業務を担当していた。

右業務の内容は、荷主の注文に基づいて、下請会社及び岡上運輸直属の運転手計二七名程の仕事の割振りを決めることであるが、原告は、本社営業所においてこれを一人で切りまわしており、具体的には、運送依頼の内容を見て、積載及ぶ荷降ろしの場所、時間、積荷の種類、重量等を検討し、これと車両及び運転手の能力とを照らし合わせながら、過不足ない積載、各下請会社間及び運転手間の仕事量の公平、帰り便の効率的運行を心掛けることはもちろん、予定していた運転手の病気、不慮の事故、交通渋滞、緊急の飛び入りの仕事が生じた場合などには迅速かつ適切な対応をし、必要があれば顧客に謝罪の措置を講ずるというのがその作業内容で、公休日の前日には、同日とその翌日の配車計画を立てるので更に多忙となった。

そのうえ、上司の送迎、車両、設備及び預り荷物の管理、荷物の積降ろし作業、近隣地域への運送、営業取引交渉、日報用紙の内容をコンピユーターにセツトするためのプログラム原紙の作成等の業務もあり、ほかに時々夜間の当直が加わるが、当直の場合は事務所、車両、預り荷物等の点検、管理、電話の応対及び二時間ごとの巡回が義務づけられ、睡眠は事務所の座り椅子で仮眠をとるだけという状態であった。

(二) 勤務時間は、タイムカードを基準にすれば、土曜日を含め、平均して午前六時三〇分ころ出勤し午後六時二〇分ころ退社していたが、実際は右打刻の前後に一五分くらいの時間的余裕をもつて出勤しまた退社するのが普通であり、午後〇時から一時までの昼の休憩時間中も事務所において願客や運転手からの電話連絡の応対をしながら食事をとるのが常態であり、夜間の当直のときはこれに引き続いて午後六時から翌日午前七時まで勤務した。

のみならず、帰宅してからも配車計画を再点検するのが日課となつており、公休日にも動いているトラツク便に関し当直者から指示を求める電話があるため、常に自己と連絡がとれる体制をとるなど、一日中仕事のことが頭から離れない状態にあつた。

(三) 本件発病の当時は、盆を控えて仕事量が増え、また、盆の期間の長距離運送の仕事の依頼がある反面、運転手からの休暇の希望が増えていたため、その調整に頭を悩ませていた。

そして、本件発病当日は、一週間のうちでも土曜日に次いで忙しい水曜日で、真夏の暑さの中、クーラーの吹き出し口が原告の席の前にある関係で冷風がまともに身体に当たる場所を出たり入つたりするという肉体的変調をきたしやすい作業環境において、配車業務のほかコンピユーターのプログラムの作成操入作業を上司に教えるという気をつかう作業をし、いつものとおり約一二時間の勤務を終えたのち、人員のやりくりがつかなかつたため、当日遠足に行つた長女の話を聞くという楽しみを犠牲にして臨時に夜間の当直勤務に入り、盆の間の配車計画を立てたり、上司が作成した、未だ誤りの多い前記プログラム原紙を点検訂正したりしているうち、発病した。

(四) 原告は、昭和五二年ころまでの岡上運輸での健康診断の際、血圧が高く、要再血圧の診断を受けていたが、その後健康診断を受けていない。これは、前記のように多忙で、医師に診てもらう時間的余裕がなかつたうえ、自覚症状もなく、同会社からも特に勧められなかつたためであり、また、日常、野菜及び牛乳等の摂取を心掛けるなど食生活にも気をつけ、飲酒量も晩酌に一合ないし一合五勺飲む程度にとどめており、不節制をしていたわけではない。

(五) 以上のとおり、長年にわたり、原告の生活のすべては勤務先会社のため、その業務のために回転してきたといつて過言でなく、また原告は、中間管理職として部下と上司の板ばさみとなる気苦労の絶えない立場で勤務する状態が続いていたところ、暑い最中に、盆を控えて仕事量が増大し、長時間複雑かつ高度な気配りを必要とする業務に従事して精神的緊張と肉体的疲労が極点に達した段階で本件発病に至つたものであり、高血圧症自体も、右激務が原因の一つとなつたことが考えられるから、右業務と本件発病との間には相当因果関係がある。

5 よつて、原告は本件処分の取消を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実中、昭和五七年六月二六日以降原告が通院治療を受けていることは知らないが、その余は認める。

2 同2、3の事実は認める。

3 同4の冒頭の主張は争う。

(一) 同(一)の事実中、原告が昭和四九年以来岡上運輸において作業長の職にあり、主として配車業務を担当し、他に、車両、設備及び預つた荷物の管理等を行い、まれに短時間の運転業務、営業関係業務及び欠補要員として夜間当直業務(年六回程度)を行つていたことは認め、その余は争う。

夜間当直業務は、火災、盗難の予防、戸締り、緊急時の連絡をとることであり、巡回は午後九時と翌日午前四時の二回することになつていた。

(二) 同(二)の事実中、午前一二時から午後一時まで休憩時間とされていたこと、原告が超過勤務を行つていたこと、当直勤務時間が原告主張どおりであることは認めるが、その余は争う。

原告の勤務時間は、午前八時から午後四時までであり、本件発病前三ヵ月間の原告の超過勤務時間は、月平均七七・五時間である。

なお、原告は、毎日曜日及び祝日を休むほか、月一回の指定休日を取つていた。

(三) 同(三)の事実中、原告が本件発病当日昼休み時間に食事をしながら原告主張の電話連絡の応対をしたこと、午後六時にその日の業務を終え、予定の夜間当直員が欠勤していたため、代りに同業務に入り、配車計画を立てているうち発病したことは認めるが、その余は争う。

(四) 同(四)の事実中、原告がその主張のころまで健康診断を受け、血圧が高く要再血圧の診断を受けながら、その後健康診断を受けなかつたことは認めるが、その余は争う。

原告は、ほぼ慢性的な高血圧症に罹患しながら、医師の要再血圧、再受診の指示に従わず、毎晩二、三合の飲酒をするなど、不節制な生活をしていたものである。

(五) 同(五)の主張は争う。

原告は、その勤務の八〇ないし九〇パーセントを強度の身体的努力を必要としない机上業務たる配車計画の作定にあてており、前記のとおり超過勤務を行つているものの、休日も十分とつており、夜間当直業務も多いとはいえず、本件発病当日も平均的な気象条件の中で、冷房設備のある鉄筋二階建事務所二階で配車計画を立てるなど通常の勤務についたのち、当直勤務についてまもなく発病したもので、右発病の前及び当日原告の心身に特に負担を与えるような過激な業務に就いていたことは認められず、突発的な出来事もなかつたのであり、従つて、高血圧症という疾病の素因が、健康診断を受けず、毎晩飲酒するなどの不節制とあいまつて自然に増悪し、たまたま夜間当直勤務中に本件発病に至つたというほかない。

第三証拠 <略>

理由

一 請求原因1の事実(但し、昭和五七年六月二六日以降原告が通院治療を受けていることを除く。)、同2及び3の各事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、本件発病の業務起因性について判断する。

1 原告が、岡上運輸において、主として配車業務に従事したほか、車両、設備及び預つた荷物の管理を担当し、また、まれに短時間の運転業務、営業関係業務及び欠補要員として夜間当直業務にも従事していたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、右配車業務の内容は、請求原因4(一)で原告が主張するとおりであつたこと(但し、原告が本社営業所での右業務に就いたのは同五一年四月からである。)、ほかに、原告の業務の一つとして同五二年からその主張のプログラム原紙の作成作業をするようになつたこと、原告の業務中右配車業務の占める割合は八〇ないし九〇パーセントであつたことが認められる。

2 勤務時間の観点からみた原告の勤務の状況は、<証拠略>を総合すれば、請求原因4(二)記載のとおりであつたこと、但し、原告は日曜日、祝日のほか月一回の指定休日をとつていたことが認められる。

3 また、同証拠によれば、原告は、本件発病当日は午前六時二九分ころ出勤し、当直員からの申し送りを受け、長期預り荷物の数量等の確認をした後、同七時二〇分上司の二人をその自宅まで迎えに行き、同八時から配車業務についたこと、午後〇時から一時まで事務所で昼食をとりながら三、四回電話の応対をしたこと、同六時に当日の配車業務及び車両、預り荷物の点検をすませて臨時の夜間当直業務に入り、夕食後盆期間の配車計画を立て、また昼間上司に教え作成してもらつていたコンピユーター用プログラム原紙の点検作業などをするうち、体調の不全を覚え、応接ソフアーに移動し、そのまま同六時四〇分ころ人事不省に陥り、本件発病に至つたことが認められる。

原告は、右発病の原因として、盆前の業務の増大、気候条件と作業環境の不調整、楽しみにしていた長女の遠足の土産話を聞く機会が奪われたこと、上司に作成してもらつたプログラム原紙の点検作業のわずらわしさに対する不満をあげ、原告本人もこれにそう供述をするが、右仕事の増量が特にきわだつたものであつたことを認めるに足る証拠はなく、<証拠略>によれば、当時は夏ではあつたが気温は午後六時の時点で摂氏二六・八度で猛暑というほどでなく、原告が冷房との関係で体調を崩した徴候も見出されず、また、仕事のため家庭団らんの楽しみが奪われることや、右の程度の上司の仕事ぶりに対する不満は日常茶飯に起こりうることで、これが原告の心身の状態に格別の影響を与えたとは解し難く、これらのことだけが本件発病のひきがねになつたのであるとすれば、むしろそれは業務起因性を否定する資料となるといわなければならない。

4 <証拠略>によれば、原告は昭和一〇年二月八日生れであるところ、最高血圧が同五〇年四月ころから一六二(ミリメートル水銀柱)に達するようになり、健康診断の結果医師にかかることを勧められ、血圧はその後も次第に高くなる傾向にあつたのに、自覚状症がなかつたため、仕事の忙しさにかまけて同五二年四月二六日以降は医師の診断を受けなかつたばかりか、健康診断さえ受診せず、晩酌として殆んど毎日一、二合飲酒するなど、健康保持に対する適切な配慮を怠つた生活を続けてきたことが認められる。

5 以上の事実によれば、原告は、岡上運輸においてかなりの重労働に従事していたということができるが、当時成人男子として働き盛りの年齢にあつたうえ、発病当時の業務も昭和五一年ころ以来の、いわば慣れきつた仕事というべきもので、これにより心身の疲労を自覚していた徴候はなく、当日の業務その他に、原告の心身に特段過重な負担をもたらす出来事があつたこともうかがうことはできない。

一方原告は、同五〇年ころより高血圧症という疾病の素因を有し、それが加齢とともに増悪する傾向にあつたにもかかわらず、自覚症状はなかつたところから、医師の診断も受けず、また健康保持に対し殆んど気を配ることもなかつたことが認められる。

以上の諸点と、本件発病の誘因として具体的に前記業務を指摘する医師の所見もない(<証拠略>はかえつてこれを否定する。)ことを総合勘案すると、本件発病は、疾病の素因としての高血圧症が、自然的経過により増悪し、たまたま就業の機会に発症したもので、前記原告の業務との間に相当因果関係はないと判断せざるをえず、従つて、本件処分は適法というほかはない。

三 よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川敏男 東修三 松井千鶴子)

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